虹のゲート

大雨後のどんよりした朝

落ち込み気味で憂鬱でなんだか切ない気分の早朝

 

坐禅に向かうために車を走らせてると

目の前に虹のゲートが現れた

こんな鬱々としていた気分の時に目の前にアーチを描いて突如出現

そこに向かって、そこをくぐりぬければいいんだよ

ちゃんとそこに向かっているから大丈夫

とでも言わんばかりの目の前のレインボーゲート

聴いていた音楽が拍車をかけ、なんだか涙がボロボロ出てきてしまった

 

時間ギリギリなのに

あそこならきっとゲート全部が見渡せてそしてさらに美しく見えるに違いないと

思わず虹に向かって行くためにまっすぐ行かなきゃいけないのに左折

 

 

あぁ、もう

神様のプレゼントでしかないなぁ、と

時間ないのに車を停めてしばらく見とれてしまった

 

 

こんな気持ちの時に、絶妙なタイミングで

今必要なものを与えてくれるのだなと

自然という神の偉大さを感じずにはいられない朝でした

 

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今年もめぐみの梅

今年も本当にたくさんのめぐみをいただきました。

本当に毎年こんなにたくさんの、立派な、そして無農薬の梅をいただけるのは本当に有り難く幸せなことです。

いつも梅を採る時、古代の縄文の血が騒ぐのか(笑)無我夢中に時間を忘れて実を取りまくってしまいます。気がついたら去年よりはるかに採取してしまっていた!それでもまだわさわさと実をつけている古木の梅の木さんたちには感謝しかありません。毎年どれだけの恩恵を受けているか。。いつの間にか、梅干しがないと生きていけない体になってきました。そして梅シロップ炭酸水割りが夏の夜にはサイコーに美味しく、これを飲んでたらお酒やめてもいいか、、、という気になってしまいます。

 

昨年はとにかくたくさんの梅シロップを飲んだので、今年はまず、青梅は全てシロップとして仕込みました。

 

昨年は、この10号瓶に2kgの梅と2kgの氷砂糖で仕込みましたが、梅の量が多すぎて、瓶をさらに追加するのは色々厄介だなと思い、思い切って3kg入れてしまいました!

 

3kg青梅+3kg氷砂糖 x 4びん

 

これで来年の夏までいけるか!?

 

 

 

洗ったりヘタを取ったり、瓶を消毒したり、色々手間がかかって大変なのだけど、でもこの労力を惜しんでまでもやっぱり梅シロップと梅干は欠かせないのです!

 

あと1ヶ月くらいかな。楽しみに待ちます。

 

 

死に直面した女性からのメッセージ 〜 ホーリーからの手紙

ここ最近特に、自分はとても健康で元気ではあるけれど、いつ何が誰に起こるかわからないし、大規模な自然災害もここ数年起こる可能性もあるだろうという漠然とした思いがあって、いつもどこかで、いつこの人生が終わっても悔いのないように生きよう、という思いがあります。

 

インドを初めて旅した時、バラナシのガンガー河岸で火葬をみた時に雷に打たれたような衝撃を受けました。

 

頭では人は死ぬものだと分かっていたつもりだったけど、実際に人が目の前で焼かれていく姿を見た時に、『死』が避けられ遠ざけられてしまった現代社会に生きてきた私には、あまりにリアルに『死』が自分の中に飛び込んできたのです。

 

しかもその『死』の周りには、その死者の家族だけでなく、子どもたちが駆け回って遊び、牛や犬がのそのそ歩き回り、少し先では川で洗濯をする女たちや祈りの儀式を行う人たちがいて、『死』が『生』の中に当たり前に、自然と存在していたのです。

 

おそらく、その時から私はいつも自分の中に『死』という存在がちゃんとあって、それはいつどこでも起こりかねないという思いがあり、そう思っているからこそ悔いのないように、今、この瞬間を大事にしたい、と常に意識しているように思います。

やりたいことはやるし、やりたくないことはできるだけやらない、無駄なことや考えにエネルギーを使いたくない、くよくよしたりネガティブな思いをできるだけ引きずらないで、今、この瞬間の、儚い美しさを満喫したいと思っています。

そして、この体を与えてくれた両親や大いなる自然に感謝し、今まで出会えた人々に感謝し、今ここで共に過ごせている人との貴重な時間を大切にしたいといつも思っています。

 

そんな思いがある中、実際にガンで亡くなる直前にオーストラリアの27歳の女性が書いた手紙が、Facebookで多くの方によってシェアされているのを見つけました。

 

私が漠然と思っていたようなことが死に直面した女性によってリアルに切実に書かれていて、ハートに突き刺さる思いがしたので、これはさらに多くの人に知ってもらいたいと思い、ここでシェアさせていただきます。

 

 

今、オーストラリアで多くの人がシェアしている話です。

1月4日(木)の早朝に、27歳の女性がガンで亡くなりました。

その女性が亡くなる前に残した手紙を、ご遺族の方がFacebookに公開しました。

この 一週間で13.4万件のいいね、2万4000件のコメント

そして約10万件のシェアがされています。
ぜひ、読んで感じて欲しいお手紙です。

 

 

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『ホーリーから、人生のちょっとしたアドバイス』

 

26歳という若さで、死と向き合い始めるというのは少し珍しいことかもしれません。

なぜなら、多くの人はこのことに目を背けて生きているからです。

毎日は当たり前のように過ぎていきます、まるでそれがずっと続くかのように。

私もいつか歳を重ね、シワができ、白髪になることを想像していました。

他の多くの人がそう考えるように、たくさんの子どもに囲まれ

愛に溢れた家庭を築くことをいつも考えていました。

しかし人生は儚く、貴重で、予想できないものです。

毎日を生きることは、与えられた権利ではなく贈り物なのです。

私は27歳です。

まだこの人生を終わらせたくない。

私は自分の人生を愛していて、とても幸せなのです。

でも、もう私にはコントロールすることはできません。

私はただみんなに、些細で意味のないようなことにあまり心配しないで欲しいのです。

そして覚えておいて下さい。

最後にはみんな同じ運命が待っているということを。

なのであなたの時間を、価値のある素晴らしいと感じることに使って欲しいのです。

嫌だと思うことはしなくていいのです。

些細なことには寛大でいてください。

もちろんイライラすることはあると思いますが、引きずらないでください。

そのようなことで、周り人々の人生に悪い影響を与えないようにしてください。

イライラしてしまう時は外に出て深呼吸をして、新鮮なオーストラリアの空気を

胸いっぱいに吸い込んで下さい。

そして空の青さを、木々の緑を見てください。それらはとても美しいものです。

考えてみてください。

呼吸ができること、その素晴らしさを。

もしかしたら今日、渋滞につかまってしまったかもしれませんね。

あなたの愛おしい赤ちゃんが泣きわめくせいで、よく眠れなかったかもしれません。

美容師があなたの髪を短く切りすぎたかもしれないし

変えたばかりのネイルが欠けていたかもしれません。

自分の容姿が気に入らない人もいるかもしれません。

しかしそれらのことは些細なことです。

あなたが人生の終わりを迎える時、そんなことは考えないと断言できます。

人生全体で見れば、これらのことは本当にどうでもいいことです。

私の身体は日を追うごとに、どんどん痩せ細っていきますが

私の願いは、もう一度だけ家族と誕生日を過ごしたい

もう一度だけクリスマスを迎えたい

もう一度だけパートナーと過ごしたい

それだけです。

たったもう一度だけでいいから。

仕事がどれだけ大変だったか、エクササイズがどれだけハードだったかなどの

不満を訴える人がいますが、まずは身体が満足に動くことに感謝してください。

たとえ理想の体型でなかったとしても、健康でいられること

身体が機能すること、それだけで素晴らしいことなのです。

食べ過ぎに注意して、適度に運動をし、新鮮な食事で十分な栄養を与えてください。

そして、お互いを助け合いましょう。

与えて、与えて、与えるのです。

他者に与えることで得られる幸せは、この上ないものです。

私ももっとそれをしたかった。

病気になってから、多くの人が私をサポートしてくれました。

とても返しきれるものではありません。

そのことを私は一生忘れないでしょう。

あなたが死ぬときにお金を持っていてもなんの意味もありません。

自分の服を買う代わりに、誰かのためにそのお金を使いましょう。

あなたが同じ服を着ていても、誰も気にしません。

何より大切な人を食事に連れていったり、贈り物をすることは気持ちの良いことです。

その際に、大切に想っているという気持ちを伝えましょう。

自分のためにお金を使う際は、モノではなく経験に使いましょう。

ビーチに行って足を水につけ、つま先で砂を掘り、顔を海水につけてください。

自然を感じてください。

携帯の画面ばかり見るのではなく、ただその瞬間を楽しむようにしてください。

人生とは画面を通して生きることではないし、完璧な写真を撮ることでもありません。

大切な人との血の通う時間を大切にしてください。

早起きをして、鳥のさえずりに耳をすまし、朝日の美しい色を眺めるのです。

音楽を聴いてください。音楽はセラピーです。

犬を抱きしめてください。

携帯を置いて、友達と話をしましょう。

旅をしたいならしましょう。

生きるために働いてください、働くために生きてはいけません。

心が幸せに感じることをしてください。

ケーキだって食べていいのです。何の罪悪感もありません。

やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。

他の人が考える理想の人生にプレッシャーを感じなくても大丈夫です。

平凡な人生を望んでも全く構いません。

愛する人に、毎日愛を込めて、愛していると伝えましょう。

そして覚えていてください。

もし何かが、あなたを惨めな気持ちにさせているなら

ーそれが仕事や恋愛など何であれ

あなたにはそれを変える力があります。

変える勇気をもって下さい。

この地球であとどれくらい生きられるか分からないのだから

そのようなことで時間を無駄にしてはいけません。

多くの人が同じことを言っていますが、これ以上の真実はないと思います。

とにかく、これは一人の若い女性からの人生のアドバイスです。

覚えていてくれても、忘れても、私は構いません。

あと最後に一つだけ、もし可能なら定期的に献血をしてください。

見過ごされがちだけど、一回の献血で3人の命が救えるのです。

これはすべての人が持つとても偉大な力です。

献血のおかげで、私は一年間も長く生きることができました。

大切な人たちと過ごすことができたこの一年間を、私は一生忘れません。

それは、私の人生で最も素晴らしい一年でした。

それでは、また会う日まで。

 

ホーリー

ニッポンの伝統・足袋屋さんへ

青空パークYOGAの午後は、参加された皆さんで行田の老舗足袋屋さん『きねや足袋』さんへ

TBSドラマの『陸王』で一気に全国に名を知らしめた埼玉県行田のきねや足袋屋さん

 

ニッポンの伝統服である足袋のことや、地元の名産であるにも関わらずなかなか足袋工場のことを知る機会もないため、みなさんで工場見学、そしてあの『陸王』的な足袋シューズを試着できるところも少ないため、この機会にと思い実施いたしました。

 

工場内はこんなにモダンでお洒落

きねや足袋の中澤社長に、足袋づくりの工程のご説明をしていただきました。

みなさん真剣に聞いたり質問したりしていました。

 

いやー、本当に職人さんが丁寧に一つずつ裁断、縫製し、手と手作りの道具によって形が整えられ足袋が出来上がるのだなと、やっぱりニッポンの技術と緻密さはハンパないと、改めて足袋の素晴らしさを知りました。

そしてナントーーーーー!

 

野村萬斎さんの足袋も作られているそうです!!!

ぜひお届けさせてください!!!と言っておきました!笑

 

遠藤関の足袋も作られているそうで、いやー、行田すごいじゃないですか。

全国で主に足袋の製造をしているのは行田と、徳島だそうです。

 

そして最後は足袋シューズ、Toe-Biの試着会。

中澤社長が丁寧にみなさんのサイズや履きこごちなどの質問に答えてくださり、何名かはその場で購入されていました。

 

 

最近はこれを履いて電車に乗り、都内へ仕事に出かけたりもしてますが、しっかり一歩一歩を意識して歩くので、とてもマインドフルになるし、疲れない!普通の靴やスニーカーを履いていると、私はいつも途中で脱ぎたくなってしまうのですが、これは素足感覚なので全然脱ぎたいと思わないのです。ウォーキングするのがとても楽しくなります。

直接きねや足袋さんにお問い合わせすると、工場見学や試着などできるらしいので、

ご興味ある方はぜひ!

 

きねや足袋

http://kineyatabi.co.jp/kineya/

 

 

自然の中でのYOGAの後は、ニッポンのそして地元の伝統文化に触れ、とても有意義な一日となりました。

ご参加していただいた皆様、本当にありがとうございました。

 

青空パークYOGA、毎月やってほしい、とか、毎週やったらいいんじゃないか、という声をいただきましたが、、、なかなかこう素晴らしい陽気に恵まれる日も稀ですが、秋とかにまたできたらいいかなとも思いますが、とりあえずこれからも毎年5月は行なっていきたいと思っておりますので、どうぞ、来年もまた、そして今年来られなかった方は来年ぜひご参加くださいませ。

 

 

 

お米を自分で育ててみたい方!稲作講座のご案内

yoganomaと同じ加須市で無農薬のお米やお野菜を自給したり販売している谷川農園さん。

http://tanigawa-farm.com/農園の紹介/

 

何度かうちのクラスにもご参加していただいたり、年末の持ち寄り忘年会では、育てたお米でついた玄米餅を持参して縁側で焼きながら皆さんに振舞ってくださいました。そのお餅はそれはそれはもう絶品でした!!また食べたい!!!

 

まだ農園へはお邪魔したことがないのですが、こんなに近くで、無農薬でお米を育てたり、薪ストーブを使ったり、携帯電話も持たない、など、自然と共に生きるオルタナティブな生き方をしている若い夫婦がいるなんて!!と、初めてお会いして話を聞いた時は本当にびっくり&嬉しく思いました。しかも奥さんのゆかりちゃんは、私と同じ部族的匂い?オーラ?(笑)を醸し出している大地の力強さとエネルギーを感じる女性で、全くの初対面でしたが初めではないような気がするくらい、何か近いものを感じました。

 

そんな谷川農園の旦那様が主催者の一人として行う『家庭稲作講座』なるものが、

来月5月から埼玉県の羽生市で始まるそうです!

『家庭稲作講座2019』

http://udokuseikou.org/archives/827

 

ご自分でお米を育ててみたい方、機械を使わない、耕さない田んぼの作り方を知りたい方、自分で作ったお米を食べたい方、お米などの農薬による影響を心配されている方など、ぜひご参加されると良いかと思います!

 

開催される場所である、雨読晴耕村舎に集まってくる方々がまたとても興味深い方ばかりのようですので、そうした新たな道を進みたい方にとっても、何かきっかけとなる人や知識や知恵との出会いになるかもしれませんね。

 

いよいよ来月から『令和』になりますが、新たなスタートを切るのにはとてもいいタイミングかと思います。

 

仕事を変えたい、辞めたい、何をしていいのかわからない、、、

と悩む人は、

 

まずみんな田んぼや畑をやったらいいのだーーーーーー!!!!!

と、本気で思うのです。笑

 

 

私も2008年から千葉の鴨川で仲間と共に自給自足だー!と眠っていた田んぼを耕し、畑にタネをまき、育っていく過程を見ていく中で、心底自然のありがたみを感じ、いのちの大事さを知り、生かされている喜びを感じ、同時に自然の厳しさも知りました。

そのプロセスの中で、ものすごくたくさん着込んでしまっていた服を一枚一枚脱ぎ捨てて身軽になっていくように、自然と、今まで忘れていた、あるいは奥底に追いやってしまっていた「本当の自分」がめきめきと現れ、大自然の一部であるとらわれのない自由な自分を思い出した気がしたのです。

 

それまでは、こうすべきである、こうあるべきである、と自分自身で社会の型にはめ込み、固定観念に囚われまくっていたように思いますが、田んぼや畑を通して自然の中に還ることで、自分自身で作り上げた壁が無意識のうちに少しずつ崩壊していったのかもしれないと、今振り返るとそう感じます。

 

大地に立ち、土に触れ、風を感じ、光を浴び、虫や鳥の声を聴き、お米や野菜のタネをまき、育てていくということが、私たちに本来あるべき人としての生き方、自分らしい生き方を思い出させてくれるのではないかと思っています。

 

ご興味ある方はぜひ!

 

『家庭稲作講座2019』

http://udokuseikou.org/archives/827

 

 

 

 

『令和』00

『令和』

と、ネットニュースで見た瞬間、とても良い印象を覚えました。

 

些細なつながりかもしれませんが、今年のhifumi yogaとyoganomaのヨーガ初めに書き初めを行いましたが、私が最初に思いつき書いた一文字は『和』でした。

 

私にとって『和』は、おそらくヨーガを始めてからなのだと思うのですが、人生のテーマというか目標というか、いつも自分の中心にある大事なものとなっています。まずそれは自分自身の中の『和』で、それがうまくできている時は、自然と周りとも調和が取りやすくなります。そしてそれは自ずとさらに外へと広がり、自然との調和につながっていくのではと思っています。私にとってのヨーガや瞑想の練習は、まず自分自身の中の『和』をもたらしてくれるものなので、だからこそ14年という長い期間続けてこられたのではないかと思います。

 

その『和』が新元号に入ったのはとても嬉しく思ったのと同時に、これからの日本が向かう先、というか常に日本のこころの中心にあったもの =『和』を、私たち一人一人が再確認して常に意識していこうよ、ということなのではないかと、勝手な解釈をしています。もともと『大いなる和 = 大和』の国でしたしね。

 

『令』については、正直最初はピンとこなかったのですが、、

令という字は、ひざまずいて神託を受ける人の形、神の神託として与えられるものを「令」というらしく、また、もともと「命」の元の字だそうです。

 

そして、

英語だとRay = 光

チベット語でREWA = 希望

なんだそう。

 

光 に 希望 なんて、なんという明るい言霊!

 

レイ という音が、まず私はいいじゃん!と思ったのですが、元号の略が「R」というのも良いし、ラ行であるというのもなんだか良い、そして、、、

 

レイ=0  じゃないですか! レイ和 00

 

と思ったのです。

 

20代にヨーロッパを中心に旅をし、30代になりヨーガに出会ってからはインドを中心とするアジアの国々や、別の仕事で滅多に行けないような国々を旅させていただきましたが、いろんな国でいろんな人たちと出会い、その国の文化や精神性などを知る中で、いつからか、

『0』と『1』の精神性、ということを考えていました。

 

欧米などやイスラム圏などの一神教文化圏は『1』の精神性。

日本を含む東洋の多神教/仏教文化圏は『0』の精神性。

 

『1』は、「神と私」1対1のつながりが最も大事であり、自己を主張するアイデンティティ「 I(私)」の確立が大事、そして直線的、直線的な時間の流れ、縦のライン、『1』の精神文化。

 

『0』は、ヨーガや仏教、日本の神道もそうですが、逆に「私(自我/エゴ)」を弱めていく→ 無我 =ゼロ になることで大いなるもの、大いなる自然の一部となっていく、調和こそが大事なもの、0=輪=和 曲線的、循環、輪廻、丸を描く時間の流れ、丸○のライン、『0』の精神文化。

 

なので、「レイ」という響きが、0とも重なり、和の和、とも感じられたこともあり、『令和』という新たな時代の言霊としては非常に良いのでは!と、私なりに都合の良い解釈をして楽しんでおります。。

 

天皇制が変わるだけでなく、世界中のあらゆる中心にあったもの、カリスマ的な存在のようなものがだんだんと失われ、気候変動や自然災害なども増加しているという激動の時代であり、この先も大いに様々な波がやってくるかと思いますが、そうしたカリスマ的存在や外の何かに依存することなく、一人一人がしっかりと立ち、自分自身が依り代となり、常にこの『和』を真ん中に据えながら、ブレたとしてもすぐに芯に戻れるよう、日々、心がけていくことが大事なのではないかと思っています。ヨーガや瞑想がこれほどまでに世界的に広まっていることもまた、こうしたことと無関係ではないような気がしています。

 

 

いよいよ平成も残りわずかですね。

この4月はまた、今週末からの断食合宿や翌週の沖縄・久高島でのヨーガ合宿などで、『令和』突入前にさらなる解毒・浄化・自分磨きをして参ります。なんでこんなに立て続けに、、、と思って少し気が引けていたのですが、恐らくもうちょっとあなた毒出ししておきなさいよ、、、という大きな何かからの命令ですかね、、、苦笑

 

というわけで、かなり4月は休講クラスも多くなってしまって皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願いいたします。

 

 

 

新月。障子。御神木。

4月になりました。

そして今日は新月。

 

新月は何かを始めるたりデトックスやお掃除にはいい日ですが、たまたま今日は数年ぶりに障子を張り替えました。寒の戻りで寒い日が続きましたが、今日は一気に暖かく春の陽気になり、こういう作業には良い日でした。そして、張り終えた後はとても清々しい気分になりますね。

 

 

そしてこれもたまたまですが、

yoganomaの敷地にある御神木の松の木が、5年ぶり(?)とかくらいに剪定されました。

 

【before】

樹齢300年?らしいですが、クレーンを使っての大作業。

 

 

【after】

さすが!お見事!

ボッサボサ頭から、スッキリ格好良く美しい見事な松に生まれ変わりました。

 

明日は手前の松が生まれ変わります。

 

職人さんのお話では、こんなに大きくて立派な松は一般の家庭にはほとんどなく、神社かお寺にしかないそうです。

やっぱりここは御神域でしょうか!?

 

本当に300年なのかどうかはわかりませんが、それほどまでに長い時間ここで佇み、様々な歴史の変化や人間模様をずっと見守り続けてくれているのだと思うととても感慨深く、まさに御神木だなと思います。