死に直面した女性からのメッセージ 〜 ホーリーからの手紙

ここ最近特に、自分はとても健康で元気ではあるけれど、いつ何が誰に起こるかわからないし、大規模な自然災害もここ数年起こる可能性もあるだろうという漠然とした思いがあって、いつもどこかで、いつこの人生が終わっても悔いのないように生きよう、という思いがあります。

 

インドを初めて旅した時、バラナシのガンガー河岸で火葬をみた時に雷に打たれたような衝撃を受けました。

 

頭では人は死ぬものだと分かっていたつもりだったけど、実際に人が目の前で焼かれていく姿を見た時に、『死』が避けられ遠ざけられてしまった現代社会に生きてきた私には、あまりにリアルに『死』が自分の中に飛び込んできたのです。

 

しかもその『死』の周りには、その死者の家族だけでなく、子どもたちが駆け回って遊び、牛や犬がのそのそ歩き回り、少し先では川で洗濯をする女たちや祈りの儀式を行う人たちがいて、『死』が『生』の中に当たり前に、自然と存在していたのです。

 

おそらく、その時から私はいつも自分の中に『死』という存在がちゃんとあって、それはいつどこでも起こりかねないという思いがあり、そう思っているからこそ悔いのないように、今、この瞬間を大事にしたい、と常に意識しているように思います。

やりたいことはやるし、やりたくないことはできるだけやらない、無駄なことや考えにエネルギーを使いたくない、くよくよしたりネガティブな思いをできるだけ引きずらないで、今、この瞬間の、儚い美しさを満喫したいと思っています。

そして、この体を与えてくれた両親や大いなる自然に感謝し、今まで出会えた人々に感謝し、今ここで共に過ごせている人との貴重な時間を大切にしたいといつも思っています。

 

そんな思いがある中、実際にガンで亡くなる直前にオーストラリアの27歳の女性が書いた手紙が、Facebookで多くの方によってシェアされているのを見つけました。

 

私が漠然と思っていたようなことが死に直面した女性によってリアルに切実に書かれていて、ハートに突き刺さる思いがしたので、これはさらに多くの人に知ってもらいたいと思い、ここでシェアさせていただきます。

 

 

今、オーストラリアで多くの人がシェアしている話です。

1月4日(木)の早朝に、27歳の女性がガンで亡くなりました。

その女性が亡くなる前に残した手紙を、ご遺族の方がFacebookに公開しました。

この 一週間で13.4万件のいいね、2万4000件のコメント

そして約10万件のシェアがされています。
ぜひ、読んで感じて欲しいお手紙です。

 

 

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『ホーリーから、人生のちょっとしたアドバイス』

 

26歳という若さで、死と向き合い始めるというのは少し珍しいことかもしれません。

なぜなら、多くの人はこのことに目を背けて生きているからです。

毎日は当たり前のように過ぎていきます、まるでそれがずっと続くかのように。

私もいつか歳を重ね、シワができ、白髪になることを想像していました。

他の多くの人がそう考えるように、たくさんの子どもに囲まれ

愛に溢れた家庭を築くことをいつも考えていました。

しかし人生は儚く、貴重で、予想できないものです。

毎日を生きることは、与えられた権利ではなく贈り物なのです。

私は27歳です。

まだこの人生を終わらせたくない。

私は自分の人生を愛していて、とても幸せなのです。

でも、もう私にはコントロールすることはできません。

私はただみんなに、些細で意味のないようなことにあまり心配しないで欲しいのです。

そして覚えておいて下さい。

最後にはみんな同じ運命が待っているということを。

なのであなたの時間を、価値のある素晴らしいと感じることに使って欲しいのです。

嫌だと思うことはしなくていいのです。

些細なことには寛大でいてください。

もちろんイライラすることはあると思いますが、引きずらないでください。

そのようなことで、周り人々の人生に悪い影響を与えないようにしてください。

イライラしてしまう時は外に出て深呼吸をして、新鮮なオーストラリアの空気を

胸いっぱいに吸い込んで下さい。

そして空の青さを、木々の緑を見てください。それらはとても美しいものです。

考えてみてください。

呼吸ができること、その素晴らしさを。

もしかしたら今日、渋滞につかまってしまったかもしれませんね。

あなたの愛おしい赤ちゃんが泣きわめくせいで、よく眠れなかったかもしれません。

美容師があなたの髪を短く切りすぎたかもしれないし

変えたばかりのネイルが欠けていたかもしれません。

自分の容姿が気に入らない人もいるかもしれません。

しかしそれらのことは些細なことです。

あなたが人生の終わりを迎える時、そんなことは考えないと断言できます。

人生全体で見れば、これらのことは本当にどうでもいいことです。

私の身体は日を追うごとに、どんどん痩せ細っていきますが

私の願いは、もう一度だけ家族と誕生日を過ごしたい

もう一度だけクリスマスを迎えたい

もう一度だけパートナーと過ごしたい

それだけです。

たったもう一度だけでいいから。

仕事がどれだけ大変だったか、エクササイズがどれだけハードだったかなどの

不満を訴える人がいますが、まずは身体が満足に動くことに感謝してください。

たとえ理想の体型でなかったとしても、健康でいられること

身体が機能すること、それだけで素晴らしいことなのです。

食べ過ぎに注意して、適度に運動をし、新鮮な食事で十分な栄養を与えてください。

そして、お互いを助け合いましょう。

与えて、与えて、与えるのです。

他者に与えることで得られる幸せは、この上ないものです。

私ももっとそれをしたかった。

病気になってから、多くの人が私をサポートしてくれました。

とても返しきれるものではありません。

そのことを私は一生忘れないでしょう。

あなたが死ぬときにお金を持っていてもなんの意味もありません。

自分の服を買う代わりに、誰かのためにそのお金を使いましょう。

あなたが同じ服を着ていても、誰も気にしません。

何より大切な人を食事に連れていったり、贈り物をすることは気持ちの良いことです。

その際に、大切に想っているという気持ちを伝えましょう。

自分のためにお金を使う際は、モノではなく経験に使いましょう。

ビーチに行って足を水につけ、つま先で砂を掘り、顔を海水につけてください。

自然を感じてください。

携帯の画面ばかり見るのではなく、ただその瞬間を楽しむようにしてください。

人生とは画面を通して生きることではないし、完璧な写真を撮ることでもありません。

大切な人との血の通う時間を大切にしてください。

早起きをして、鳥のさえずりに耳をすまし、朝日の美しい色を眺めるのです。

音楽を聴いてください。音楽はセラピーです。

犬を抱きしめてください。

携帯を置いて、友達と話をしましょう。

旅をしたいならしましょう。

生きるために働いてください、働くために生きてはいけません。

心が幸せに感じることをしてください。

ケーキだって食べていいのです。何の罪悪感もありません。

やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。

他の人が考える理想の人生にプレッシャーを感じなくても大丈夫です。

平凡な人生を望んでも全く構いません。

愛する人に、毎日愛を込めて、愛していると伝えましょう。

そして覚えていてください。

もし何かが、あなたを惨めな気持ちにさせているなら

ーそれが仕事や恋愛など何であれ

あなたにはそれを変える力があります。

変える勇気をもって下さい。

この地球であとどれくらい生きられるか分からないのだから

そのようなことで時間を無駄にしてはいけません。

多くの人が同じことを言っていますが、これ以上の真実はないと思います。

とにかく、これは一人の若い女性からの人生のアドバイスです。

覚えていてくれても、忘れても、私は構いません。

あと最後に一つだけ、もし可能なら定期的に献血をしてください。

見過ごされがちだけど、一回の献血で3人の命が救えるのです。

これはすべての人が持つとても偉大な力です。

献血のおかげで、私は一年間も長く生きることができました。

大切な人たちと過ごすことができたこの一年間を、私は一生忘れません。

それは、私の人生で最も素晴らしい一年でした。

それでは、また会う日まで。

 

ホーリー

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『令和』00

『令和』

と、ネットニュースで見た瞬間、とても良い印象を覚えました。

 

些細なつながりかもしれませんが、今年のhifumi yogaとyoganomaのヨーガ初めに書き初めを行いましたが、私が最初に思いつき書いた一文字は『和』でした。

 

私にとって『和』は、おそらくヨーガを始めてからなのだと思うのですが、人生のテーマというか目標というか、いつも自分の中心にある大事なものとなっています。まずそれは自分自身の中の『和』で、それがうまくできている時は、自然と周りとも調和が取りやすくなります。そしてそれは自ずとさらに外へと広がり、自然との調和につながっていくのではと思っています。私にとってのヨーガや瞑想の練習は、まず自分自身の中の『和』をもたらしてくれるものなので、だからこそ14年という長い期間続けてこられたのではないかと思います。

 

その『和』が新元号に入ったのはとても嬉しく思ったのと同時に、これからの日本が向かう先、というか常に日本のこころの中心にあったもの =『和』を、私たち一人一人が再確認して常に意識していこうよ、ということなのではないかと、勝手な解釈をしています。もともと『大いなる和 = 大和』の国でしたしね。

 

『令』については、正直最初はピンとこなかったのですが、、

令という字は、ひざまずいて神託を受ける人の形、神の神託として与えられるものを「令」というらしく、また、もともと「命」の元の字だそうです。

 

そして、

英語だとRay = 光

チベット語でREWA = 希望

なんだそう。

 

光 に 希望 なんて、なんという明るい言霊!

 

レイ という音が、まず私はいいじゃん!と思ったのですが、元号の略が「R」というのも良いし、ラ行であるというのもなんだか良い、そして、、、

 

レイ=0  じゃないですか! レイ和 00

 

と思ったのです。

 

20代にヨーロッパを中心に旅をし、30代になりヨーガに出会ってからはインドを中心とするアジアの国々や、別の仕事で滅多に行けないような国々を旅させていただきましたが、いろんな国でいろんな人たちと出会い、その国の文化や精神性などを知る中で、いつからか、

『0』と『1』の精神性、ということを考えていました。

 

欧米などやイスラム圏などの一神教文化圏は『1』の精神性。

日本を含む東洋の多神教/仏教文化圏は『0』の精神性。

 

『1』は、「神と私」1対1のつながりが最も大事であり、自己を主張するアイデンティティ「 I(私)」の確立が大事、そして直線的、直線的な時間の流れ、縦のライン、『1』の精神文化。

 

『0』は、ヨーガや仏教、日本の神道もそうですが、逆に「私(自我/エゴ)」を弱めていく→ 無我 =ゼロ になることで大いなるもの、大いなる自然の一部となっていく、調和こそが大事なもの、0=輪=和 曲線的、循環、輪廻、丸を描く時間の流れ、丸○のライン、『0』の精神文化。

 

なので、「レイ」という響きが、0とも重なり、和の和、とも感じられたこともあり、『令和』という新たな時代の言霊としては非常に良いのでは!と、私なりに都合の良い解釈をして楽しんでおります。。

 

天皇制が変わるだけでなく、世界中のあらゆる中心にあったもの、カリスマ的な存在のようなものがだんだんと失われ、気候変動や自然災害なども増加しているという激動の時代であり、この先も大いに様々な波がやってくるかと思いますが、そうしたカリスマ的存在や外の何かに依存することなく、一人一人がしっかりと立ち、自分自身が依り代となり、常にこの『和』を真ん中に据えながら、ブレたとしてもすぐに芯に戻れるよう、日々、心がけていくことが大事なのではないかと思っています。ヨーガや瞑想がこれほどまでに世界的に広まっていることもまた、こうしたことと無関係ではないような気がしています。

 

 

いよいよ平成も残りわずかですね。

この4月はまた、今週末からの断食合宿や翌週の沖縄・久高島でのヨーガ合宿などで、『令和』突入前にさらなる解毒・浄化・自分磨きをして参ります。なんでこんなに立て続けに、、、と思って少し気が引けていたのですが、恐らくもうちょっとあなた毒出ししておきなさいよ、、、という大きな何かからの命令ですかね、、、苦笑

 

というわけで、かなり4月は休講クラスも多くなってしまって皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願いいたします。

 

 

 

冬至のスートラ勉強茶会〆

勉強会の準備を含め師走で何かとバタバタし、blogも丸2週もご無沙汰しておりましたが、先週土曜12月22日冬至の日 vol.2ヨーガ・スートラ勉強会、最後の回〆の日となりました。

 

今年の夏に始めたスートラ勉強茶会。

まぁこんなマニアックな会2-3名しか来ないだろう、、と気楽に考えていたところ蓋を開けてみるとvol.1でも毎回10名前後、そしてまさかvol.2はそんなに来ないだろう、、と思いきや最大14名の回もあり、毎回10名以上ご参加していただいたという、私にとっては驚異的な参加者数となりました。こちらも思いついた当初は軽い気持ちで考えていましたが、そんなに大勢の方に参加していただくことがわかり、慌てて(笑)かなり必死に資料をまとめたり自分でさらに理解を深めようと勉強し直したりと、私自身にとっても更なる深い学びとなりました。

また、ご参加の皆様からご質問をいただき、自分の理解の弱かった部分に気づかされ、また終わりに皆さんの感想や考えをシェアリングしたりディスカッションしたことで、非常に濃密で有意義な時間となり、私自身にとっても精神的な成長に繋がったと確信しています。

 

最後の回は冬至、そしてクリスマスも近かったこともあり、yoganomaイベントでもおなじみであり友人の天然酵母パン屋ツキモバザールのスペシャル手作りシュトーレンを皆さんでいただきました。

hifumi yoga、yoganomaご参加の皆様から注文を受け今年で2回目ですが、開けた瞬間の  wow!!!  と感激してしまう手の込んだ可愛いデコレーションと、その見た目に全く劣らない美味しさは、ほぼ全員リピーターとなってしまうくらいのものです。クラスにご参加されている皆様は来年またご注文していただけますので、どうぞお楽しみに。

 

和風の部屋でテーブルを並べて毎回勉強茶会を行なっていましたが、人数がこれだけになってくると、まるで正月の親戚一同集合の宴会かのようになっていましたw 酒はありませんがw

大変ありがたいことに、ご参加された皆様から、まさかの(笑)またやってほしい、という声を多くいただきました。また、仏教や神道など日本の精神性についても学びたい、という声もいただきましたので、次回はヨーガ・スートラは私たちにとって必要な部分に少し絞り、それと合わせて日本の宗教・精神性についてをさらに取り入れた勉強茶会を実施できればと妄想しております。まだ妄想段階なので、実現するかは謎ですが、、。

もし、スートラ勉強茶会にご興味があり、参加してみたいと考えていらっしゃる方は、どうぞメールやクラスにご参加の際にお伝えくださるとありがたいです。その希望者数が一定数に達したら、開催方向で考えていきたいと思っております。

 

それにしても、これだけ多くの方が、しかも熱心に東京や群馬からも通ってくださった方もいたことは、私にとっては本当に驚きでしたが、ヨーガ・スートラだけを教えてくれるところが少ないとか、ドネーションという形で開催できたことも大きかったのかなと考えていますが、それにもまして、今、こうした過度のストレス社会や自然災害が多発するような非常に不安定な時代、そして宗教ではなく『宗教性』を見失ってしまっている日本において、なにか、目に見えない世界の話や哲学的な思考について自由に語れる場のようなものを、実は多くの方が必要としているのではないかと感じました。宗教でもなく、新興宗教でもなく、家族や親戚とのつながりだけでなく、感覚が共有できる人たちとの横のつながりを感じながら一人一人がしっかりと地に足ついて立つための、なにか確認のような場というか時間というか。

日本古来にあった、村での『結(ゆい)』のように、誰かの家の屋根を葺き替えるとなれば、みんなで出かけて行って直し、それが終わったらまた次の家にみんなで行く。そういう血のつながりを超えた人と人とのつながりが当たり前にあった時代から、隣の人や向かいの人とも会話ではなくスマホでやり取りしたり、交通機関も買い物もすべて無言で済むという、生身の人間とのつながりや対話が希薄化してしまった時代に、こうした横のつながりや対話はとても必要なのではと感じています。

 

ま、これはちょっと行き過ぎた考えかもしれませんが、実際に、こうして特に知らない者同士が集まって、回を重ねるごとにつながりが深まり、思いや考えを自由に話し合えるのは非常に有意義で楽しく、スートラなど特に目に見えない世界の話は訳がわからないところだらけだけど、そういう精神性の話は何かとても深く響き、心を豊かに満たしてくれる時間だと感じてます。

 

ご参加してくださった皆様には、改めて心より感謝申し上げます。

本当に、貴重な時間をありがとうございました。

また来年もなにかしらやりますので、ぜひまたご参加ください!

 

 

 

 

タビでタビする快感

地元が舞台となった『陸王』を観てから、足袋シューズに興味を持ち続けていつか履きたいと思っていましたが、やっとその時が来ました。

 

yoganomaクラスに参加してくださっている方がこの足袋シューズのメーカー『きねや足袋』の社長とお知り合いでご紹介いただき、お話をうかがいながら試着させていただき、遂にGET!

 

こんな素敵な箱入りです。

Toe-Bi 

http://kineyatabi.co.jp/kineya/?page_id=2246

 

 

早速、12/1という月始めだし快晴だったので、都内への仕事はこれで行くことに。

 

これを履いて一歩外へ出て芝生に降り立つと、、

 

うわぁぁぁーーーーーなんだこれーーーーー!!!!!

 

めっちゃ気持ちいいいいいいいいい!!!!!

 

なんだ??この完全に裸足のような感覚!!!!!

気持ちよすぎるーーーーー!!!

 

こんな気持ちの良い靴、本気で生まれて初めてかも。

なんせ、私は裸足好きで、芝生を歩く時はすぐに靴を脱ぎたくなってしまうのです。

だって大地にそのまま裸足で着地した時の気持ちよさったらないでしょう?

それは私が大地の子だからでしょうか、、、笑

それはさておき、

Toe-Biは足袋にほんの薄いソールがついただけなので、ほとんど素足感覚なのですね。

 

これでコンクリートを歩くと、、、

 

あ、、、、、

かかとが痛い、、、

 

と、自分の足の体重のかかり具合がよくよく感じられて、かかとから強く着地しないように歩こうとすると、あの『陸王』で言われていたように、ミッドフッド着地に自然となるじゃないですか!!20年ぶりくらいに観た TVドラマでしたが観ておいて良かったw

 

で、確かにミッドフッドから着地しようとしているのだけど、歩きなので、かかとも同時くらいに着いていて、体重移動の仕方をそこから小指側そして親指側へと移動するように意識すると、ちゃんと足指全部をしっかり使っている感じになりました。

 

これは本当にすごいよー!!!

 

歩くのがめちゃくちゃ楽しくなってきた!!

 

これで電車を乗ったり、地下鉄構内を歩いたり、道路を歩いて、今まで感じたことない色々な表面を感じられて、脳が活性化されまくりな感じでした。その上、すごく気を使わないとちゃんと歩けないので、一歩一歩がとにかくマインドフルになる。歩くことにちゃんと集中することになる。ので、これはマインドフルネス瞑想へ繋がりますね。そして、靴下を履かずにこれを直に履くので、都内へ行くのにちょっと冷えるかな、と思っていたのですが、足の指先も全部しっかり意識して使うせいか、足先までちゃんと温まっていました。

 

そして、家に到着間際、また芝生の上に足を踏み入れた途端に

 

ふにゃぁ〜。。。

 

っと大地の柔らかさを感じられて、うわー、これほどまでに道路と土の上の感触は違うのか、、と、また驚きました。やっぱり人間が地上に誕生してから何万年もの間、大地の上を裸足で歩いてきたそのDNAは深く自分の中にも刻まれているのだなと感じます。

 

うーん、すごいなぁ日本の知恵。

これほど感動するとは予想外でした。

 

裸足好きの人には絶対お勧めしたい!

そして、姿勢や腰痛改善、扁平足、外反母趾、足底筋膜炎とか、色々な症状にこれとか足袋とかを履くことでいい効果が得られるのではないかと思いますので、ぜひそういう方にもお勧めしたいです。

 

私はちなみに、最近の靴のサイズは24.5cmなのですが(数年前までは24cmだったのにだんだん広がっている!?)このToe-Biは25cmでちょうど良かったので、いつもの靴のサイズとは違うのでできれば試し履きされたり測り方をちゃんと確認してから注文された方が良いかと思います。

 

これはさらに歩くことがやみつきになりそうです。

 

 

 

 

災害について思うこと

先日の台風そして北海道地震で亡くなられた方々にお悔やみ申し上げますとともに

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

一日も早く復旧することを心よりお祈りいたしております。

 

今年はなんと災害が多いことか。

6月末の梅雨明けからの酷暑、西日本豪雨、雷雨、巨大台風、そして北海道地震。

幸いにして、埼玉のこの辺りは大事には至りませんでしたが、

日本各地で起こっている自然災害の被害を映像を通して見るたびに

非常に心が痛みます。

人間が作ったものなど、ひとたまりもないほどの大自然の力。

あらためて、私たちは大自然のほんの一部であり、

その中で生かされているということは奇跡であると実感し、

謙虚に、日々を大切に生きなくてはいけないと感じます。

 

 

これからもさらなる自然からの試練があるかと思いますが

からだとこころの揺るがない芯を養い

同時にあらゆることに柔軟に対応できるあたまとからだの柔軟性を高め

ひとりひとりが自分自身を『社』として

しっかりと立ち上がっていかなくてはいけないと強く感じています。

 

 

 

 

すべての動きがマインドフル

あれから、、、萬斎熱が冷め上がりません。。。笑

 

前回のブログを書いてから、陰陽師、陰陽師Ⅱ、のぼうの城、、、そしてyou tubeで羽生くんとの対談、、などなど、連続して観てしまいました。

こんなにハマったのは、マイケル以来。笑

 

マイケルと萬斎さんは、何か共通点がある気がします。

人間ぽくない、浮世離れした感じとか、、笑

オリンピック開閉会式統括就任のインタビューの時も、

ムーンウォークが上手らしい、、と言っていたし、、笑

 

 

でもどうしてこんなにハマったのか

(顔はそんなにタイプじゃないのに = 失礼極まりなくてすみません)

何がそんなにすごいのか、美しいのか、自分なりにあれこれ考え、、、

 

 

 

あー!そういうことか!

 

と、気がついたのです。

 

それは、

立ち居振る舞い、動き、など、

とにかく『マインドフル』であるということ。

 

羽生くんの『SEIMEI』へのアドバイスで、手の指を口に近づけ、呪文のようなものを唱える時も、全てに意識を向けていること、指先、関節にまで意識を向ける、というようなことを話しているのを聞いて、そういうことか!!と思ったのです。

 

萬斎さんの動きは、からだの隅々まで意識が行き渡っているように見えるのです。

=マインド(心)が、フルに、今起きている感覚に向けられている

=マインドフルネスであるということ

 

yoganomaで行なっているヨーガクラスでは、アーサナ(ポーズ)、プラーナーヤーマ(呼吸法)と続き、最後に『マインドフルネス瞑想』として、自然呼吸に集中をしていく練習を毎回おこなっていますが、それは、ただ単に、呼吸に集中する瞑想練習でその時その数分だけの練習という訳ではなく、そのマインドをフルに今に集中していくということをマットから離れた後も、普段の行動の中でも持続させていてく練習でもあるのです。

 

それこそが本当のマインドフルネス。

 

ティック・ナット・ハンが『気づきの瞑想』として広めていたのもそういうことで、歩く時も、食べている時も、その瞬間瞬間に意識をそれに集中すること、気づいていくことが大事であると。

それを意識していくと、普段の動きの中でいかに無駄な動きの多いことか、、と気付かされます。力みすぎていたり、何かをしながらも他のことを考えているので何回も同じ動きをしてしまったり、手が滑ったり、不注意になりがちです。

意識を今に、マインドフルにしていくと、動きに無駄がなくなり、丁寧になり、さらに自動的になってしまっていた自分の体の使い方などの悪い癖に気づきます。そして、湧き上がってくる自分の感情、思いにも気づいていくことで、心の癖にも気づきやすくなります。何か自分の中で直したいことや、自分が変わりたいと思う時は、まず気づくことが第一歩。気づかなければ変わらないし、気づいたからこそ変えられる。

 

もちろん、萬斎さんは、幼少期から何十年という重ねられたお稽古によってもうそれは考えなくても意識しなくても完全に体得してしまっているのでしょうが、とにかくすべての動きに全く無駄がなく、優雅で、洗練されていて、美しいのだと思います。

 

そしてもう一つ、これも羽生くんにアドバイスしていた中で、

『空間を身にまとう、空間を味方につける』

とお話しされていましたが、

 

『天・地・人』

 

『天』があり、『地』があり、そして『人』としてその合間に自分がたたずむ。

天と地をつなぐ存在である。

そういう意識で立つ。

 

全身の感覚に意識が向けられながらも、さらに空間全体にも、天とも地とも繋がっている感覚。

全くブレない軸。

だからこそその存在がただの人には見えない、というか、その存在の後ろにある目に見えない何か大きなものを感じられるような、そんな存在感なのではないかと思います。

 

マイケルも、いつもライブ中、天を仰いで、光を浴びてチャージしているように見えますが、そこにも共通点がある気がします。。。笑 そしてマイケルの動きも本当にしなやかでキレッキレで美しくて無駄がない。惚れ惚れしますね何回観ても。

 

そういうわけで、

萬斎さんには改めて、マインドフルネスとは、

ということを教えていただいたような気がします。

 

 

また近々、狂言を観に行きたーい、、な。。笑

 

 

 

 

想像以上に面白すぎた狂言

もう先月の話になりますが、人生初、狂言を観てきました。

埼玉県の行田市で、野村万作・萬斎さんが毎年狂言公演を行っているのは知っていたのですが、やっと今年初めて行けました。行田市の忍城が舞台となった映画『のぼうの城』で野村萬斎さんが主演されてから、毎年行田に来てくださっているようです。

 

『のぼうの城』は、地元が舞台になっているというだけでなく、内容的にもとても面白いもので、特に野村萬斎さんの演技が素晴らしく、いつか狂言も観てみたいとずっと思っていたのですが、今年がそのタイミングだったようです。

 

日舞をほんの少しだけかじったにもかかわらず、能も狂言も歌舞伎すら観たことがなく、そしてそうした伝統芸能は敷居が非常に高いし、ちゃんと予習をしなくては(したとしても)観たところで全く理解できない、と思っていました。

そして、しっかり予習をしておこう、、、と思っていたのにものすごいバッタバタの日々で結局舞台始まる5分前に席に着き、急いでパンフレットを流し読みしても読み切らず、、、あー、結局よくわからない、、、というままはじまり、、

 

まずは野村萬斎さんのご挨拶。

こんなに声低かったっけ!?とまずびっくり。

そしてここ行田の話題を織り交ぜながらの自然な親しみやすいごあいさつ。

まずもうここで、萬斎さんて、素敵。

と、ハートに火がつきました笑

 

当たり前だけど、立ち居振る舞いがすでにもう美しいのです。

というのも、席が、かなり舞台の端の方ですが一番前の席だったので、よく見えること。。

 

そしてあいさつの後は、別の方が今回の3つの演目の解説をし、これまた面白おかしく、どのポイントが見どころか、この返しの言葉が変わっているのでちゃんと見逃さないよう、など、非常にわかりやすく笑いのポイントなども教えてくださり、全然読まなくても大丈夫でした。これ毎回狂言の舞台だとやるのですかね?地方公演だからかな?

そして、笑うところはちゃんと笑っていい、とのことで、そんなに笑いのポイントがあるのか?となんとなく思っていましたが、、、

 

 

おもしろすぎる!!!

 

ドリフか?よしもとか?

というくらい、滑稽でおもしろ可笑しいもので、ゲラゲラと笑ってばかり!

そしてその合間の「間」がまた素晴らしい。

厳かな静寂な時間と滑稽な愉快な時間の絶妙な入り混じり。

完全に舞台に引き込まれ、あっという間の2時間でした。

 

1つ目の『梟山伏』は、萬斎さんの息子さんが梟に取り憑かれて、梟のように鳴く姿がとてもおもしろかわいらしく、2つ目の萬斎さんが出演された『悪太郎』は、萬斎さんの演技が、滑稽さの表現が非常に素晴らしく面白く美しく、惚れ惚れしてしまいました。さすがでした。

最後の人間国宝・野村万作さんの『福の神』は、もう、万作さんが出てきただけで空気が変わってしまうような何か厳かでいて柔らかく温かいエネルギーに満たされ、ちょうど端っこすぎてよく見えなかったのですが、そういうエネルギー体を感じるようなものでした。

 

こんなに面白いものを今までなんで観てこなかったのか!!

 

と後悔してしまうほど、狂言の世界に一気に引き込まれました。

 

コメディなんですね、狂言て。

『能』は悲劇で、『狂言』は喜劇なんだそうです。

知らなかった!

そして歌舞伎はアクション映画みたいな。

そういうくくりだったのか、と、日本文化のことを本当にまだまだ知らないな、と、反省しつつ、自分の文化の刺激的で感激的な再発見でした。

 

日本舞踊をほんの少しやっていたため、能の歩き方、の練習をさせられたりしたこともあったり、国立劇場で日舞の人間国宝の舞台を観たりもしたことはありましたが、やはりその文化の、超一級レベルの方々の舞台というのは、非常に心に深く響くものだなと、「本物」の凄さを改めて実感しました。

 

やっぱり日本人は日本の伝統文化を行うのが、自然であり、奥深い。

やっぱりストリートダンスとかじゃないよねー、と思います。

日本の小・中学校で、どうしてそういうダンスが科目に入っていて、日本の能や狂言や日舞なんかが入らないのか、あまりにも不思議でたまりません。やはり日本人は、日本の伝統芸能、道もの(弓道・剣道など)などを行ったり触れることで、自分の文化を受け入れ、その素晴らしさを知ることで、それは自ずと、自分を受け入れることにつながっていくのではないかと思います。

 

世界的にみても、日本人は世界でダントツ「自己否定」をする人たちらしいですね。

 

これほどまでに成熟した伝統文化があり、自然にも恵まれ、災害などはありますが戦争もなく、世界的にみたら圧倒的に豊かで幸せな国のはずなのに、そこに住む私たち日本人は、戦後の西洋化政策のせいなのか、はたまた非常に謙虚な性質だからなのか、西洋の方がすごい、かっこいい、日本はダサい、日本の文化は古い、自分はまだまだだ、自分なんてダメだ、、という、自国否定、自己否定、自分キライ、自分を受け入れられない感が、非常に強いようです。

それはやっぱりあまりにも戦後に西洋化されてしまって、古き良きものが壊され捨て去られ、そこにあった精神性までも失われてきてしまったせいなのではないかと、個人的には思います。

 

そういう私も、すごくそうでした。

自分に自信がない、自分なんて、、という否定がとても強かった。

でも、ヨーガを練習し続け、徐々に体も心も安定してきて、だんだん自分の軸が定まり、そして同時に日本の文化を知れば知るほど納得し、腑に落ち、日本が好きになり、自分が好きになり、自分に自信がついてきたように思います。

 

そして、今までトータル30カ国旅をしましたが、チョロとかすっただけの国もあれば、住んだり、長く滞在したり、TVの取材で滞在する国もあったりした中で、そこで出会う人々や文化に触れ、どこも個性的でユニークで奥深い部分がありましたが、私が日本人だからなのか、やっぱり日本の伝統文化や精神性の高さは、世界に自信を持って誇れる、かつ世界でも稀な素晴らしいものだと実感しています。

 

私たちは、あまりにもそれを忘れてしまっている!!

 

人は平和すぎて、モノに溢れすぎると、本当に平和ボケして、非常に稀で素晴らしい文化をないがしろにし、いつも当たり前にあると思っているとても大切なことを適当に扱ってしまうように思います。

 

そして失って初めて気付く、その素晴らしさ。ありがたさ。

 

日本が変わっていくためには、まず、私たちが、自分たちの文化を受け入れ、自分を受け入れ、自信を持っていくことから始まるのではないかと思います。

 

 

 

っと、狂言からこんな話につなげるつもりはなかったのに、

お盆休みで時間が久しぶりにたくさんあってついついアツく語ってしまいました、、笑

 

野村萬斎さん、2020年のオリンピック開閉会式の演出する総合統括に就任されたようですね。狂言師を統括に持ってくるなんて、粋ですね。とても楽しみです。「和の精神で」と会見でおっしゃってました。

 

 

なんで日本で今オリンピックなんかやるんだ、、と決まった当時は思っていましたが、

何か、必然的な、私たちに必要な大きな流れのようですね、

 

莫大なお金が動くビジネス的・物質的な面に対して嫌悪感がありましたが、その裏側には、もしかしたら「和の精神」の再発見に繋がる、大事なターニングポイントでもあるのかも知れません。

 

 

2020年あたりから、何か、大きく、一人一人の内側から変化が起きてきそうです

 

 

 

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