ひさびさインド旅 #05 〜 ヨーガの師と再会

今回の旅の最終目的は、ヨーガの師との再会。

私の最初の先生の師匠であるジョシー・ヴァリチェリー

ジョシーは、今日本のヨガ業界で名だたる先生方をゼロから育て上げた知る人ぞ知るヨギー。私もジョシーの奇想天外とんでもないヨーガクラスの話を聞き、そんな人がいるのか!と思い、都内の公民館で密かに行われていたジョシーのクラスへ何度か通ったものです。

当時は、ヨガマットをそのクラスに持ち込むと「ソンナモノ、イリマセン!」と現代「ヨガ」を否定、「ヨガグッズ」を否定しその生徒さんをクラスの間隅でずっと立たせていた、とか、クラスでやることはひたすら立つ、座る、立つ、座る、、、いかに立ち、いかに座るか、そんなことばかり、とか、クラス中前屈のポーズを長くキープしている時気がついたらジョシーがその肩の上で蓮華座を組んで座っていた!とか、突然ハルモニウム(インドのアコーディオンのような楽器)を弾き出してマントラを唱え始めてみんなもそれに続かなくてはいけない、、などなど。。とにかく一般的ないわゆる「ヨガ」クラスからはかけ離れた、でもあるいはこれが本当の「ヨーガ」なのではないかと思わせる「何か」が、確かにそこにはありました。

ある時は、アースディだったか、代々木公園でのイベントでヨガブースがあり、そこでジョシーが教えるというので参加してみたら、突然、全くの初心者の人(そしてカラダがものすごく硬い男性の方)がいる中、全員に、立ったままで後屈していって手を床についてチャクラーサナ(ブリッジ)をさせる、というとんでもなく無謀なことをやらせ、

「できないと思うから、デキナイノデス!」

「そこに恐怖があるから、デキナイノデス!」

「できると思えば、デキルノデス!」

「恐れがなくなれば、デキルノデス!」

と、まぁ、たしかにそうかもしれないけどさ、、アブナイでしょう、、、

そりゃあ、コワイよ、、、

と思いながらもそれを言ったら怒鳴られそうなので黙ってやっていた、ということもありました。

 

そんな先生は後にも先にもいないし、無謀なことも多かったけど、たしかにアーサナの基本、行動の基本は立つ、座る、だし、生活すべての行動をそういう意識と気づきを持って行えばそれはヨーガであるだろうし(クラスを出てからこそが本当のヨーガです、とよく言っていた)、それをせずにカッコよさげなアーサナだけやってたってしょうがないし、自分の強い意思次第で、そして恐れを手放すことで、多くのことが可能になる、というようなことは、ジョシーから教えてもらった大きな気づき。

 

 

 

そんな数々の逸話を持つジョシー。

 

数年前に深刻な交通事故に遭い、奇跡的に命はとりとめたものの体は不自由となり、自国のインドへ戻りリハビリをしながら生活をしているとのことで、そのジョシーに会いに行くのが今回の旅のクライマックスでした。

もう8年ぶりくらいか、会ったのは事故前だったので、その姿はもう見違えるほど年老いて、椅子に座るのにも立ち上がるにも相当な時間がかかり、体を支えられながら一歩一歩ゆっくりと歩く姿はあの勇ましいヨギーの姿からは程遠く、驚きを隠せませんでした。

でも、その人の心の奥底までを見透してしまうような深く鋭い眼差しと、動けない中、何を喋っているのか意味がわからない会話の中にも(少し時間軸が歪んでいるようです)ヨギー魂は健在していて、

「アナタ、コワイノデスカ?」

「アナタ、ワカッテル? 」

「ナニヲワカッテル?」

「アーサナとはナンデスカ?」

などなど、いきなり問答が始まったりして、圧倒されてしまう瞬間もあったほどです。

 

そして、インドに帰ってきて数年、年々カラダがさらに衰え不自由になってきたそうで、インドへ戻ってから一度ももうクラスなどできていなかったそうなのですが、今回私たちが訪れて元気が出たらしく、「クラスをやろう」と意気込み、本当に何年振りかのクラスを、渾身の力を込めてやってくれました。

 

生徒は私を含め3人。

 

こんなに不自由で体を動かせないのに、アーサナとなると一体どこから力が湧いてくるのか、ものすごい時間がかかりながらもできてしまう。そのポーズに入っていく時、痛々しい身体をものすごい集中力によってごくごく僅かずつ動かしている姿はあまりにも感動的で、思わず涙がこみ上げてきました。ここまで身体が不自由でありながらもヨギーの精神力とプラーナによってそれを可能にしてしまう凄さ。そして終始その姿は深い、深い、瞑想状態にあるかのようで、教わっていた私たちも自ずとその世界に入ってしまい、その空間でのその静寂は、とてつもなく平和で、とてつもなく心地よい、またとない忘れがたい特別な時間でした。もう、生きている姿、そのものが教えになっているかのようでした。

 

畏れ多くも、自分が今ヨーガを教える立場になり、様々なスタイルを学び色々な先生から学んだ後でも、自分のヨーガの真髄になっているものはジョシーからの教えにあるのかもしれない、と、彼に再会して感じました。

 

調子があまり思わしくなく、再会は難しいかもしれない、、という話も最初ありましたが、大いなるものの導きか、インドという国の力か、宇宙の流れか、いずれにしてもジョシーと再会できたことは、自分のヨーガのルーツを再確認できたような、非常に意味深く、有り難いことでした。

 

 

Thank you so much Jossy!

 

 

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