力を抜くこと

今朝、田園風景の中車を走らせていると、白鷺のような足の長い白い鳥がちょうど田んぼから飛び立った。

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まるでゆるやかに風にのっているかのように、優雅に羽をふわり、ふわりとはばたかせ、空へ向かって飛んでいる鳥の姿があまりに美しく、運転中だというのに何度も振り返って見てしまった。

 

なんという力の抜けた感じ。

 

長い足は完全に脱量したように垂れたまま、大きな羽を優雅に動かして進んでみたり、たまに羽の動きを止めて完全に脱力したようにスーーーっと風にのってみたり。まるでパラグライダーで風に乗るように、気持ち良さそうに遊んでいるようにさえ見えた。

 

ああいう優雅な鳥をみると、いつも、あぁ、鳥になりたい、と思ってしまう。

マヤのKINが「青いスペクトルの鷲」だからだろうか?

 

人間以外の自然界のものは、人間のような「力み」みたいなものがあまりないように見える。猫や犬も警戒心がないときは力が抜けていて、いざとなった時だけグッと力を出しているような。樹々も、大地に力強く根を張っていながら、先端の枝や葉はしなやかに風にゆられている。

人間だけ、特に大人はいつも余計な力が入り、緊張し、こわばりっているように見える。

自分も気がつくと肩が上がっていたり、顔がこわばっていたり、力んでいたり。何かに囚われている時にはどうしても無意識に力が入り過ぎてしまっていることがよくある。

 

ヨーガアーサナを練習している時も、まだまだポーズに余分な力が入り過ぎてしまっているのがわかる。でもだんだんとポーズに慣れてきて、必要な力がついて中心軸と丹田とバンダをしっかり意識できたとき、初めて力がすとーん、と抜ける瞬間がおとずれる時がある。

あー、これだー。

と、やっとここまできたか、と思える瞬間がある。

そうなって初めて、解放されたような、自由になったような気になる。

力んでいるうちは「アーサナ」とは言えないのかもしれない。

 

そんなことを、今朝の鳥を見ながら考えていました。

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aum shanti

 

 

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