宮城へ〜その1 牡鹿の祭

6日夜の石巻発ー新宿行きの夜行バスで帰ってきました。

3.11以降初めての東北でしたが、震災の様子を遅ればせながら実際に自分の目で見て、肌で感じ、被害に遭った方々と実際にお話しし、行って本当に良かったと心から思いました。

 

実際自分の目で被害の様子を見ることは、テレビなどで見るのとは全く違うということがわかりました。もちろん、もう瓦礫は瓦礫置き場に集められ、そのままにされている壊れかけた建物も少なく、1年前と比べたら見違えるほどに復興しているようですが、瓦礫の山や使えなくなった車の山を間近で見たり、海岸沿いの地域がほとんど丸ごとまっさらになっている様子を見ると、いかに人間の作った「モノ」はもろく、無常だと強く感じずにはいられませんでした。

 

着いた日あたりはもう桜は散り始め、帰る頃にはもうすっかり新緑の美しい緑に変わっていました。下は、石巻日和山から見た景色。

5/4には牡鹿半島で行われた地元の方々による復興まつり「ござい〜ん」が行われて、その支援をし続けてきた OPEN JAPAN の友達に連れていっていただきました。3日に予定されていて雨で中止になるか、と言われてましたが、なんとか4日に開催することができ、地元の方々を始めボランティアの方々、来ている方々皆さんがとても幸せそうな、楽しそうな表情で飲んだり食べたりカラオケ大会したりで、本当に行われて良かったと誰もが思っていた時だったと思います。

夕方雨が降り出し、予定されていた花火は中止になるかと思いきや、これまた奇跡的に寸前で雨がぴたりと止み、多くの寄付金によってできたという何千発かのものすごい豪華な花火が打上げられました。私は震災を経験したわけでもないのに、花火がばばーーんっと打ち上げられた瞬間に、震災から一年以上たち、やっとここまでこれたかという被災者の想いがのり移ったかのように涙がボロボロ出てきました。横を見ると、隣の友達二人とも泣いていました。

 

もちろん、まだまだ完全な復興にはほど遠いとは思いますが、牡鹿半島の方々にとっては一つの節目になったのではないかと想像します。そういう場にいてそんな思いを共有できたことを、本当に嬉しく、ありがたく思います。

 

とにかく今回の東北で感じたことは、「祭」のものすごいパワーでした。

 

(つづく)

 

 

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