呼吸と細胞

先日曜日。1週間ぶりにまた東竹院での坐禅会に参禅。

その前日。12年ぶりぐらいに再会した友達と地元の居酒屋(これまた久しぶり!)で夜中1時半頃まで飲んでいて、布団に辿り着いたのは2時半ころだったにもかかわらず、坐禅会に行くという意識があったためか、アラームの前、7時前に目がパキーンと覚めた。

 

その日もまたかなり朝は冷え込んでいて、本堂内はストーブが焚いてあるにもかかわらず寒い。しかも、前回は見て見ぬフリをしてしまった靴下を脱ぐという拷問的作業を、意を決して行い、しかも、ダウンを着ていってしまったため脱ぐことになってしまい、極寒の中坐り始める。

 

ここまで寒いと、かなりの睡眠不足にもかかわらず、眠気におそわれるどころかシャッキーンと細胞の隅々まで目が覚めてしまう。呼吸がだんだんと深くなり、集中が高まってくる。

 

ふと、自然と呼吸が深くなるとともに、呼吸を吸い入れるたびに細胞がキューンと活発に活性化し、吐くたびに細胞がふわ〜っとゆるんでいくのを感じ始めた。細胞と呼吸のつながりをこんなに感じられると、いかに呼吸によって細胞が生かされ、この体が生かされているかを実感できる。これは寒いところでの坐禅ならではの感覚のように思う。

 

 

と、ふと住職の話が始まった。

「私たちの細胞は60兆個あると言われており、、、」

 

おおお!今ちょうど私が感じていたことじゃないですか!

シンクロしてました(勝手に)。

 

「私たちは食べ物を食べなくても1ヶ月くらい生きられますが、呼吸は3分も止めていると死んでしまいますから、いかに呼吸が大事かということがわかります。呼吸をすることで60兆個の細胞が生かされ、、、」

 

そんなようなお話で、とにかくまさに私が感じたことを住職がお話されて、びっくりするとともに勝手に住職の意識を感じられたと思い込んで、とても嬉しくなった。

 

普段はなかなか意識しないけど、呼吸というのは私たちの「いのち」を生かすもの、Yogaでは魂と肉体をつなぐものとも言われているくらい大事なもの。

「ながいいき(長い息)」は「ながいき(長生き)」

リラックスしているときは自ずと呼吸は深く、焦ったり怒ったり不安だったり緊張しているときは呼吸はとても浅くなり、呼吸は私たちの心を表すバロメーターでもある。

 

呼吸のすごさを改めて感じられたサンデー坐禅でした。

今日も感謝です。

 

 

 

 

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