サンデー坐禅

実家のお墓のある埼玉・熊谷の東竹院で、毎週日曜日朝8時から坐禅会をしているということで、今日初めて父と二人で参加。

もう小さい頃からお墓参りに毎年何度も行っていたのに、もう25年もこのお寺で毎週日曜日坐禅会をやっているのを知ったのはついこないだのこと。

インドやネパールでチベット仏教のコース行ったりビッパーサナ瞑想したり、兵庫の禅道場に行ったり、いろいろまわりにまわって初めて、地元も地元、檀家であるお寺で坐禅会をやっていたのを知ったとは。。。灯台下暗しです。

 

私たちの他初めての方もいたためか、坐禅の途中でご住職からのおはなしがありました。

「・・・坐禅はいわゆる「悟り」を得るためにするのではなく、坐禅をしている姿そのものが「悟り」の状態であると言われています・・・「寒い」「足が痛い」など体を感じるなど普段忘れてしまいがちな「いのち」の大切さを感じてもらえればと思います・・・」

 

ついつい私たちは、何かを得たい、何かを達成したい、何かになりたい、など、いつもいつも今ではない未来、今の自分ではない何かになろうとしている。禅の教えは,「今、ここ」にすべてがあり、私たち一人一人はすでに完全で何も不足しているものはない、ブッダ(覚醒者)の種はすでにもう持っている、というもの。完全である「今、ここ」にとどまり続けることそのものが悟りであると。。。

 

最後に

「頭であれこれ考えるのではなく、この『いのち』は宇宙とひとつであるということを感じられたらいいと思います。。」とご住職は言っていました。

 

「宇宙とひとつかぁ。。。」と自分が宇宙に溶け込む感じを妄想。。。

 

40分の坐禅後、本堂正面仏様に向かって坐り直してから般若心経を皆さんで唱え、お焼香をあげて坐禅会終了。

ストーブが2,3台もあるのにやっぱりめちゃくちゃ寒かったけど、寒いとやはり意識がしゃきーーんと覚め、また、お寺の厳かな環境とベテランの方々の空気感がより背筋をぴーっんと伸ばさせてくれました。やはり、家でやるのをとは全然違います。さらに、断食2日後ということもあり、なおさら意識が冴えていたようで、とても気持ちよい時間を過ごすことができました。

 

終わってから皆さんで、お茶。ここのお寺さんは本当にお洒落で、庭は素晴らしい日本庭園で、お茶を飲むお接待の場所も家具や置かれている物、トイレまでが本当にこだわってセンスの良いものを使っているのがよくわかります。

 

サラスワティ(弁財天)と道元禅師

庭にあるここ東竹院に流れ着いたという達磨石とお庭

 

ご住職が30歳になられた時からもう25年近く毎週日曜日坐禅会をされているとのことで、本当に頭が下がります。こうして近所で坐禅ができるところがあるというのは、本当にありがたいことだと思います。

父も、初めての坐禅だったけど意外と早かった!とても気持ちよかった、と言っていて、一緒に行って良かったなーと思いました。今の時代、これからもっと、こういう場所や坐禅する時間が誰にも必要になってくるのではないかと感じます。

 

日々是好日

 

 

 

 

 

 

 

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